リンパ浮腫と私

〜あの日の私は悲劇のヒロインだった〜

17歳で突然右脚がパンパンに腫れ、靴も履けなくなった。
原因は不明。
お医者さんには「治りません。一生付き合ってください」と言われた。
太く腫れ上がっていく脚が醜くて嫌いで、自分の脚を隠す癖ができた。
神様は意地悪で、私は悲劇のヒロインだと思っていた。
でも私は今、ここで笑っている。
この太い完璧じゃない病気の脚が大好きになった。

病気と私 


 は17歳の冬に右足の「リンパ浮腫」という病気を突然発症しました。

 高校2年生の終わりに謎の浮腫を右足に感じていましたが、当時は新体操の団体選手として最後のインターハイに向け、朝から晩まで練習があり、なかなか病院に行くことができませんでした。

 春にはとうとう右足がパンパンになり、制服のローファーが履けなくな っていました。 怪我かなと思い、整形外科に行くと「内科に行ってください」と言われました
その時はまさか自分が病気になるなんてこれっぽっちも思っていなかったし、 私の希望に満ちた未来が大きく変わってしまう事も想像すらしていませんでした。

 後日、東海大学病院でMRIを撮って診察を受けましたが、そこで得られたのは「原因不明、病名も不明」という腑に落ちない答えだけでした。それから、聖マリアンナ病院の血管
外科を受診しましたが、またしても「原因不明、病名も不明」という診断結果。
 
 私が病名にたどり着いたのはインターハイ予選前の夏のことでした。母がネットで調べた「リンパ浮腫」という病名を「この病気ではないですか??」と東海大病院の血管外科の主治医の先生に尋ねてみると、「そうかもしれません。治らないので、とりあえず漢方薬を出しておきます。飲んでも飲まなくてもいいです。」と言われ、医師の冷たい言葉と共に、ようやく自分の病気の正体を知ることができたのでした。
 
私は今でも覚えています。あの冷たい言葉と冷たい対応。
私を病名と共にどん底に落としたあの主治医の先生との空間を。

 


8年後...
 発病から8年が経ちました。私の右足は相変わらず太いままです。
どんなに医学が進歩しても、リンパ浮腫が完治する治療や薬はありません。
 乳がんや子宮がんの術後に発病する続発性リンパ浮腫は最近認知度が上がってきましたが、私の右足は原発性のリンパ浮腫で原因がわからないまま浮腫が起こる、まだとても珍しい病態です。
 どうして私がこの病気になったのか?今日まで考えなかった夜はありません。風邪やインフルエンザ、骨折や捻挫のように治る病気ではないからこそ、今日まで8年間、誰かが私の病気を忘れても、私はこの太い右足と共に生きてきました。
 発病当初は泣いてばかりの日がたくさんありました。まるで水がすれすれまで入っているビーカーが少しの振動で溢れてしまうように涙がこぼれる日々。
その振動は、新体操ができなくなった時や、太い足をじーっと見られた時、スカートやサンダル、ブーツが履けない時、足が原因でいくつもいくつも希望を失い、未来を諦めたときに襲われました。 



 でも今は、私が病気になった意味をいくつも知っています。
 そして失った希望や未来以上に輝く今を生きています。
 それは病気が教えてくれた、当たり前のありがたさのおかげかもしれません。
 
 右足が太い病気になって、私の体や心に残っている新しい希望や可能性を発見して、ただ日がのぼり、生きていることがありがたいと知りました。
 家族や友達が寄り添ってくれて暖かい言葉で励ましてくれることを幸せと思いました。
 この残された脳や手や目や耳、口で私はこの病気を伝え、まだ苦しんでいる人を支えたいと考えるようになりました。



 私が病気になった意味は、この病気の苦しみや悲しみを心から知り、乗り越え、苦しんでいる人をリードするためです。

私は右足が今も太くなる病気です。
そんな自分でもキラキラ生きています。病気のおかげで。



【病体健心】=【病気の体と健康な心】なのか?
【健体病心】=【健康な体と病気の心】なのか?

私は前者です。
みなさんはどうでしょうか。

今も苦しみを抱えている人へ
私は私のメッセージを届けていきます。


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